繋ぐ・・   ~阪神・淡路大震災~

追記。
本日の神戸新聞の夕刊13面。
15歳で亡くなった、姉の友人のお話が掲載されていました。

毎年、この時期に姉はお友達同士で集まって、亡くなった友人を想っています。

あの日から時間が止まってしまった、姉の友人。

今、姉と電話をしながら・・。
「この新聞を次回、会った時に渡すね。」
そう、約束を交わしました。



阪神・淡路大震災から、今日で19年目。


購読している神戸新聞では数日前から、震災関連の特集が掲載されていました。


「〇月〇日・・何をしていた??」
の問いに、一昨日の事でさえも忘れがちな今日。


震災の前日、1995年01月16日。
私はお友達とスケートに遊びに行って。
お友達からCDシングルを借りて・・「明日から、中学校だね~~。」と、お友達と休日が終わるのを寂しく思いつつ、会話していてのを覚えています。


まさか、翌日、我が家の周りが崩壊するなんて。
私の部屋の窓から、お風呂場から、トイレから、火が入り込んでくるなんて。
まさか、焼け野原になるなんて、誰しもが思いもしなかった。。。

鳴り止まない、サイレンの音。
車が・・家が、爆発する音。


「お願いだから、火を止めて!!!水!!」


無残にも地面から吹き出るわずかな水や、お風呂の残り湯だけでは猛火は止められず。。

被害の拡大を防ぐべく、ガソリンスタンドに引火しないように守ることで消防車は手一杯。。



皆がそれぞれの場で守るために、救うために必死で。

生き埋めになっている人を助けながら、捜索しながら迫る繰る火の手におびえながら。

そこで、やむ終えずなされる・・命の選択。



見慣れた町が燃えていく様子。
今も鮮明に覚えています。



震災後、少ししてから私は1人で親戚が暮らす札幌市へ行きました。

飛行機から札幌の空港へ降り立つ時。
街の明かりが、あまりにも眩しくて驚きました。


札幌ではとても良くしていただけました。
「大丈夫だった??」
気遣いながら同級生が声を掛けてくれました。


「大丈夫。」と私は元気に答えました。


いろんな壮絶な光景を目の当たりにし、その時、「生きていたから、大丈夫。」と思えるようになっていました。

多くの方が、友達が亡くなり。
そんな状況を見てきた中で、生きている私が「大変だった。。」とはいえませんでした。


今も・・あまり、使わない言葉。
昨日も、次男が幼稚園帰りに大暴れしましたが。。

育児で「大変」と全く思わないのは・・私の中での根底に、震災での経験があるからかもしれません。




天災や震災。
ニュースで見るたびに、自分が経験した事と重なり合わせてみては、心が痛みます。


震災前の、あのころの面影はなくなったけれど。
記憶は沢山、残っています。


人の優しさ。
生きる事の重み。
助けてもらえることの、ありがたさ。
感謝の気持ち。


失った命を、思い出を、街を繋げて行けたら。。明日へ。未来へ。





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by momo-0608 | 2014-01-17 09:56 | Trackback